大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(新を)480号 判決 1949年11月12日

控訴人 被告人 屋良徳一

弁護人 小山胖

検察官 渡辺要関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審の未決勾留日数中百四十日を被告人が言渡された本刑に算入する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附してある弁護人小山胖の控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

弁護人の論旨第一点について。

本件記録によると起訴状には「被告人は云々田村強方において同人所有の冬オーバー外十二点の衣類を窃取した」とあるが原判決には「被告人は云々田村強方で同人所有の冬オーバー外十二点の衣類等を窃取しようとしたが家人に発見せられてその犯行を遂げなかつたものである」と認定しているが、その間何等起訴状の訂正のなかつたことは論旨指摘の通りである。よつて右原審の措置の適否を審案する。起訴の効力は起訴にかかる事実と同一性を有する事実の全体に及び同一事実である限り起訴状記載以外の事実についても公訴提起の効力があるものである。例えば窃盗として起訴せられても賍物罪として審判することが認められ、なお公訴事実と一所為数法又は牽連犯の関係あるような法律上一罪を構成する他の事実についても起訴の効力が及ぶのである。しかしながら専ら起訴状記載の事実について防禦方法を構じて来た被告人に対し右の如き措置は不意打であつて、著しくその防禦権を侵害することになるから何等かの方法によつて新たに認めんとする訴因についても予め防禦の機会を与えなければならない。それで刑事訴訟法第三百十二条は右防禦の機会を与えるに最も適当な方法として斯ような場合には予め訴因の変更又は追加をなさしめたのである。検察官において自ら又は裁判所の命により訴因の変更又は追加の手続をしない以上裁判所において不意打的に判決でこれを変更し又は追加することはできないものと解すべきである。しかし右第三百十二条の趣旨は右のように主として被告人の利益を保護する点に存するから公訴事実の同一性が保持せられる限り且つ被告人の防禦権を侵害しない場合には訴因の変更又は追加の手続がなくても裁判所は起訴状に記載された事実と異なる事実を認定しても差支ない。これは事件毎に具体的の事情により決すべき問題であるが、訴因の日時、場所若しくは目的物の数量又は犯罪の段階的類型、方法的類型等については或る場合には例えば数量の認定が起訴のそれと僅少の差である場合、既遂の起訴を未遂と認定する場合、若しくは正犯としての起訴を従犯と認定するような場合には訴因又は追加の手続がなくても裁判所において自由にこれを変更又は追加することが許されるものと解すべきである。本件公訴事実と原判示事実とは同一性を有し、しかも公訴が既遂としたものを未遂と認定しても被告人の防禦権を侵害したものとは解されない。原判決には所論のような違法はない。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原判決は「被告人は昭和二十三年五月横浜簡易裁判所で窃盗罪に依り懲役一年に処せられ同年十一月仮出獄により釈放中のものであるが被告人は更に昭和二十四年三月二日午後四時頃横浜市鶴見区仲通リ一ノ三一番地田村強方で同人所有の冬オーバー外十二点の衣類等(価格合計二万四千五百円相当)を窃取しようとしたが家人に発見されて其の犯行を遂げなかつたものである」と窃盗未遂の犯罪事実を認定して刑法第二四三条、第二三五条等を適用処断して居るが、起訴状には公訴事実として「被告人は昭和二十四年三月二日午後四時頃横浜市鶴見区仲通リ一ノ一三一田村強方において同人所有の冬オーバー外十二点の衣類等(時価二万四千五百円)を窃取したものである」と窃盗既遂の犯罪事実を記載して罪名及罰条として「窃盗刑法第二百三十五条」とのみ記載されたのみで其の後刑事訴訟法第三百十二条所定の起訴状に記載された訴因又は罰条の変更を検察官が請求したことがないことは記録上明白であるから、原判決は適法に起訴せられなかつた事件について判決をした違法がある。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例